ほんとうの自分の声を聞いて「好き」なことを再発見しよう

ほんとうの自分の声を聞いて「好き」なことを再発見しよう

永理です! 昨日のブログ(検索もしくは上下矢印キーを使って項目を選択してください。 「好き」を探すと世界が広がる!?インスタはじめました!)に書いた通り、最近「好き」なものについて探求しています。

しかし、そもそも、ほかでもない、自分自身の「好きなこと」だというのに、なんで探求する必要があるんだろうなあ? って考えたので、そのことについて話します。

たとえば、この前友だちから聞いた話。

この前、友だちと子どもの頃のことを話していました。

友だちは、小学生のとき、学級会で「お昼の放送にかける曲名を出して」と聞かれ、

「どうしよう。流行りの歌なんて知らないし」

と思って、答えられなくて、そのまま立たされてしまったという、つらい思い出がありました。

結局、うしろの席の友だちがこそっと教えてくれた「知らない歌」をなんとか答えたというてんまつ。

せつないなあ。

でも、あるよね。こういうことって。

自分の好きなものがわからなくなる心理

たぶん、「自分なりに好きな歌」ということなら、何かしらあったんだとは思う。

でも、「これを言って、まわりの友だちに変に思われたりするんじゃないか? 」

「なんて答えれば正解なんだろう?」

「なんて答えたら、みんなに「いいね」って言ってもらえるんだろう?」

そんなことをぐるぐる考えていると、どんどん自分が好きなものを素直に好きと言えなくなって

「こんなものが好きだってばれたらやばいんじゃないか」「笑われる」「嫌われる」

みたいに思いがつのっていくうちに、とうとう「好きだ」と思っていること自体までも、いけないことだと厳しく自分を戒めはじめ、しまいには「いやいや、こんなもの全然好きじゃありませんし」と、自分自身をごまかすようにすらなってしまう。

ここまでいくと、もう自分でも自分が何を好きなのかを見失っている。

そうやって大人になってみて、「好きなものがわからないんです」と言っている人は、けっこうたくさんいるんじゃないだろうか。

もっと自分の声に耳を傾けよう

結局「自分は、何が好きか?」の正解は、自分の中にしかない。

自分以外の他人の基準で「わたしは、何が好きである【べき】か?」を考えても、不毛でしかないことに気づこう。偽物の願望を叶えても、そこに自分の真の幸せはない。

でも、もうすっかり「自分の好き」を押し殺すことに慣れすぎて、「世間でいいと思われていること」こそが、自分にとっても好きなことだと思い込んでしまったかもしれない。

「好きなことってなんだろう?」

今こそ、ほんとうの自分の声を聞かなくてはならない。長いあいだ無視してきたかもしれない、その声を。

それは思春期にぐれてしまった子どものようなもの。「何を考えているかさっぱりわからない」と思うかもしれない。

残念ながら、それは自業自得。

ずっとずっとなんどもなんども、自分の声に耳を傾けず「間違っている」「これが正しいのだ」と頭ごなしに自分に押しつけてきた結果。

もうすっかりやさぐれて口も聞いてくれないとしても、根気よく寄り添うしかない。

ほんとうの自分の声を聞こう。

今わたしは、そのためのセルフヒーリングを実践している途中。

追伸:

この、セルフヒーリングのワークは、facebookで知り合ったNao Narutaさんが開発した「ワンセルフDIO」という方法です。

ワークのやり方とか、やってどうだったかなど、また後日ブログにも書いていきますね。

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