会社を辞めたばかりのころ、母親から「もうおつとめする気はないの」とがっかりしたように言われて、いい条もない悲しみを覚えたことをふと思い出した。
たぶん、娘が有名大学に通っているとか、IT企業に勤めているとか、そんなことが、彼女的には世間様に自慢できるポイントだったのかもしれない。
こんばんは、永理です。
親の価値観に合わせようとしてきた時代
わたしは、ずっとひどいダメだしばかりを受けてきたので、極端に自己評価が低く、それを補うために世間的な評価を求めていた。
わかりやすく、親がいいというもの、すなわち高学歴や有名企業入社など、一般社会に過去、広く流布してきた価値基準だ。
服装も、本来の趣味を(ある程度)まげて、一般的な女子としてアリな範囲に合わせた(あれでもね。
今となってやっと、それらをまとめて、やっぱりなんか違うなーと。ひしひしと。ひしひしと実感してしまったので。もういいやって。← 今ここ。
自己否定的価値観
「もういいや」とは思ったものの、まだ前の、自分には合わなかった価値観もひきずっているので、ふとした瞬間に引き戻されそうになる。
たとえば、youtubeで見かけた動画で、アラサー(or アラフォー?)の婚活女子が、自分のスペックを顧みず、相手に高い要求水準をつきつけ、「働きたくないから専業主婦になりたい」などと語っていて、そういう女子にたいして「とんでもない野郎だ」と、世間の風当たりがきついことを知る。
わたしはそんな条件をつけたわけではないし、最初は働いていたけれども、まあ何ならよくよくみれば家の人はその水準を全部みたしているし、気がついたらわたしも会社をやめたあとに、ほそぼそと続けていたSOHO仕事もフェードアウトしていた。
ん、ん、んー。
好き勝手に生きているようで、実際好き勝手もしているのではあるが、働いていないと、内心ものすごく肩身がせまいような気もしていたんだよ(本当に。
何をしていても昔から一貫して「自分なんて」との思いがやまず。国立大学の大学院に行っても、IT企業でばりばりプログラムを書いても、フリーランスで仕事をしても、悠々自適の専業主婦になっても。何をしてもつねに「自分なんて」と自責しつづける。マゾヒストか。
結局、これはもう。根本的に理由などは関係なく、たんに「自分なんて」と卑下しているだけだわ。と。
もうすこし現状を肯定してもいいのでは…
でも、なんで主婦はあかんの? 主婦になりたい人もいっぱいいるよね。
せっかくみんながなりたいものになっているのに何で喜べないんだろうね?
と、不思議に思って。
とりあえず、まあ現に今はこうなんだし、別に金にも困ってないのだから、金のためにやりたくないことはやらなくていいじゃないか。やりたいことがあったらやろう!
と、きめて、昨日ブログに書いてみたんだよ。
あとラインブログも↓
http://lineblog.me/eiri/archives/10833.html
そしたら、すっごい怖かった。
袋叩きにあうんじゃないかみたいな被害妄想。
でも、facebookでは友だちはみんなやさしくて、たくさんいいねをつけてくれた。
ちょっと安心した。
試金石?
そしたら、今日タイムラインに、面識のない方のブログが、だれか友達に「いいね」されたから流れてきてて、共感できたのでシェアしようと思ったところ、最後のほうまで読んだらば
「だんなに食わせてもらってるだけのくせに、偉そうなことを言って説得力がない」というようなことが書いてあり
ぎゃーん。
こわい。
ってなって、何もせずだまって帰ってきてた。
そこにはあんまり詳しく事情などは書かれていなかったので、誰のことや何をさしていってるのかわからなかったけど。
自分がずっと負い目に思っていたことであったので、ぐさーっと刺さった。
たぶん、そう思う人がいっぱいいるんだろーな、と恐れていた言葉だった。自分でもそう思っていた。だから、自分自身を世にアピールしたり、出て行く勇気が持てなかったんだろうと思う。
よく考えたら……
まあ。
でも。
よく考えてみたら。
主婦でも。
稼ぎが少なくても。
自分のブログやタイムラインで、あるいは友だちへのコメントで、自分の考えをのべてもいいよね。べつに悪事をはたらいているわけじゃないんだし。
わたしのブログを見て、面白かったとか共感したと言ってくれる人もいる。じつはありがたいことに、けっこういる。
一方で、論者の社会的地位によって、言質に説得力がないと判断する人もいるのかもしれない。それはしかたがないことだ。
だからといって、わたしが卑屈になる必要はない。堂々と意見を言ってもいいんだ。そうだよ。
よしよし。
いいんだよ。
と、自分を説得してみたりしていました。
ネットにはいろんな人がいる…
あるいは、制作物の進捗がとろいと、ブログなんか書いてる暇に作品作れよ!みたいに言う人もいる。
別に個人的に言われたわけではないので、一般論だとは思うが、ただの一個人がブログを書いているだけでも、勝手にいろんなことを思われるかもしれないんだなーと。そんなことが、こわくもなる。
まあ。どうしようもないよね。
それでも、わたしは、自分の心の平安を保つためにブログが結構役にたつということを知ったので、必要になったらいつでも書くよ。(そう、たとえ原稿執筆中でも!!
わたしがマンガを描くのが遅かろうが、誰にも迷惑などかけていないつもりだったけれども、そんなことですら、もしかしてだれかがむかついたりとかすることもあんねんな。
そういう人がもしいたら、ごめんやで。
けど。
ぐだぐだ言いながらでも、亀の歩みでも、しぶとくやっていくんだよ。
よしたとえ「やめちまえ」と誰かが言ってもやめないぜ。