ネガティブな気持ちから少し外にでるために有効だった方法

ときどき、特別な理由もなく自己否定的な気分になることがあります。

実際にいやなことがあったとか、具体的な原因があって落ち込むことは、だれにでもあると思うのですが、「とくに理由もなくブルー」というのは、だれにでも起こるというわけではなさそうです。

わたしがお気に入りの、とあるブログの管理人さんは、わたしとは真逆で、基本的にポジティブだし自分に肯定的な状態がデフォルトだとおっしゃってました。

That’s why I like her.  ほんと、うらやましいよ。

しかし「いいなあ」と、指をくわえて見ているだけではしかたないので、自分なりに、すこしでも前向きな方に行くにはどうしたらよかろうかと

下りのエスカレータを逆走する勢いで、じたばたと足掻く日々なわけです。

そんなわたしに多少なりとも効果のあった方法。

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ザ・シークレット?!

さて、先日。「夕飯作るのかったるいわー」と思い、ぐだぐだしていたとき

「めんどくさいなあ」「いやだなあ」という、堪えがたく、わき上がるネガティブな思いが…

この思いこそが、まさに夕食を作るという行動を妨げている元凶なのであろう! と思ったのです。

そこで、とりあえず、脳を忙しくさせて、いやなことを考える余地をなくしてみました。

英語リピーティングで脳のメモリをオーバーフロー

具体的には、購読しているAudibleという英語のオーディオサイトからダウンロードした、英語のオーディオブックを活用。

これをiPhoneで聞きながら

かつ

それを聞こえたままに発音するという勉強法、いわゆるリピーティングというやつですね。

それをやってみました。

はたして。効果抜群。

いつもは「疲れた」とたまに休憩しながら、のろのろ作るところを、その日は途中でたち止まることなく、すーっと最後まで料理を完了できました。

あれ、わたし疲れていたんじゃなかった?

体力がないというのは幻想か

いつもは、夜になると「ああ、もう疲れたわ。動けないわ」と、己の体力のなさを嘆きつつ

ゴートゥーベッド、おふとん、ぬくぬくサイコー! と至福な現実逃避へ。

同時に、日々成し遂げることのできる事柄の少なさに、悩んだりもしていたのです。

しかし、なんということでしょう(笑

「疲れて動けない」と思った状態から、むしろ余計疲れると思われる「英語を聞く」+「英語を話す」を「料理」に追加したことにより、逆に元気がでるというこの不思議。

もちろん、これが可能なのは、わたしが「英語が好きだから」ということと、ある程度オートマチックに料理ができるということの、二つの条件が成立していることもあったと思いますが。

ポイントは。要するに、料理だけではわたしの脳はフル稼働していない。

そして、わたしの脳はアイドリングさせると、全力でネガティブシンキングを始め、無気力になるよう、うつになるよう、自分の足を引っ張り続けていた…。無意識に。

なんという…。いやすぎる…。

というより、怖い。

そしてそのときに聞いていたオーディオは…

こちらの、有名な「ザ・シークレット」です。

著者本人が吹き込んでいるらしく魅力的なナレーション。かつ著名人からの推薦のお言葉の部分も、推薦者本人(と思う)がしゃべっていたりと、音声の変化にも富んでおり、なかなか飽きさせません。

ザ・シークレット

また、「心の声」にはエコーがかかっているなど、SEも駆使されていて、本を読むよりもオーディオのほうが、内容が心にしみいる感じがしました。

ともあれ。

食卓の準備や料理は一時間くらいでできたので、音声も一時間ぐらいしか聞けなかったのですが。

ほんと、その一時間で…ちょっと、怖いことを聞いた。

引き寄せの法則を裏から見ると…

この「ザ・シークレット」は、ざっくり言うと「引き寄せの法則」についての自己啓発本で(そんなまとめでいいのか)

いいことや起こって欲しいことを考えていると、それが引き寄せられて夢がかなったりしますよ、という。

「そうだったらいいのにな」と誰もが思うけれど、「いや、そんなのうそでしょ」とも同時に思ってしまいそうな(え、そう思うのはわたしだけ?)、そんなお話なのですが。

曰く。わたしたちはトランスミッター(のようなもの)で、自分の思念にあったものが引き寄せられる、

だから、夢について考えればそれが引き寄せられる

しかし、そんな引き寄せの法則のブライトサイドは、どこか嘘くさく聞こえてしまうネガティブ人間なわたしも

同様の理屈を、悪い方に適用して、悪い考えを持てばそれが引き寄せられてしまう、といわれると、「ああ、そうか」と腑に落ちたのです。

わたしって「いいことが起こる」といわれたときには、「そんな都合よくはいかないって」と、疑ってかかるくせに

「悪いことが起こる」と言われると、なぜか「それは絶対起こるだろう」という気がしてしまう、そっちのほうが信じられる気がしてしまうのです。

これは、自分の考え方の癖でしょうか。

なんで、悪い方にだけ妙な確信を持ってしまうの、わたし!! そして… 本気で悪いことを信じてたら…めちゃくちゃそうなりそうな気がするんだよ。…こわい!!

謙虚という罠

せっかく人からやさしい言葉をかけてもらったり、ほめてもらったりしたときに

「いやいや、まだまだですから」「自分ごときが」などと謙虚を通り越して過剰に自己卑下してしまうのは、何かはき違えていますよね。

そして、日々自分にかけてしまいがちな意地悪な言葉の数々は…。「もう年だから」「お肌があれてるわー」「最近たるんできたし…」などなど

そう考えることによって、それらの現実が全部、よりいっそう加速して引き寄せられて来ているとしたら、どうしましょうか!!!

少なくとも、悪いことを考えたら「気分が悪い」のだけは確かなのだし。それ、考えない方がよくない?

謙虚と自己卑下は違うんだって、自己卑下していいことなんて一つもないんだって…。

そして、恐怖がネガティブを駆逐した日…

このように、無駄にネガティブなことばかりを考える習慣が、いかにデスパレートな未来を引き起こしていくものか…想像するだに、恐怖に打ち震えるしかありませんでした。

そんなネガティブ引き寄せの法則を、自ら実験する勇気などは当然あるはずもないのです。

その恐怖が「やめよう。ネガティブ」と、このわたしをして真剣に思わしめました。

恐怖はそれ自体、ネガティブな感情でもありますが、その役割は危険を察知するセンサーなわけです。どうやらわたしのセンサーは今まで壊れていたみたいです。

カエルはお湯に入れられると「あちっ」と飛び出るのに、鍋に水から入れられてじわじわと温められると、気づかずにゆだって死んでしまうという話を聞いたことがあります。

そんな風にはなりたくないよ!! もうすでに、かなりゆでられてしまった気もしますが、せめて死ぬ前に鍋の外に出たいんだ!!

まだわたしのセンサーの性能はあんまりよくないかもですが

これからは、もし何かネガティブな考えが頭に浮かんだら、

「それが自分の身に引き寄せられてすべて本当になってしまってもいいのかな?」

と考えてみるようにしようと思います。

そうしたら、もうちょっと、いやな考えを持って生きる時間が減るんじゃないかなーと。

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