伝わるブログを書くには?〜理想的な親、そしてライターのロールプレイ

「何を伝えたいか意識し、それが伝わるように書く」ためには

こんばんは永理です。 昨日は、ブログを書くときに「何を伝えたいか意識して、それが伝わるように書こう」ということを宣言したわけですが。 じゃあそれってどうしたら実現できるのか?というあたりをもう少し突っ込んで考えてみました。 だってね。現状「伝えたいことがなんなのかぼやっとしてる」し、それらを「書きながら考えてる」から時間もかかっていたわけです。 どうすんのよ。 「何が言いたいかはっきり」できるもんならもうとっくにやってたわ! それができないから苦労してるんだよ!! です。

こどもは自分でもよくわからずに話す

ところで、小さいこどもが、母親に「ねえ、ママきいてきいてー」といって、なにか話すとき、話が「よくわからない」ということはよくあると思うのです。 むしろ、幼いうちから理路整然と明確な主張ができることなどありそうもないわけで。何を言っているのかよくわからないほうがふつうっていう気がします。 それでも、なんとか親の方で推測したり、問いかけたりして「そうそう、それが言いたかった」ということを代弁してあげて、やっと意思疎通が成り立つ関係。 こども自身もよくわからない、なにか伝えたいことを、それでもわかってくれるよね? 汲み取ってくれるよね?ということが親には期待されていますよね。 赤ん坊などはその最たるもので。泣くだけでオムツ交換なのか空腹なのか単にかまってほしいだけか当てさせるというね。

それでもわかってもらえたということに愛を感じる

それでもわかってもらえると、とても「受け入れられている」「愛されている」という感じ、充足感が得られます。 結局、わたしがやっていたことというのは、幼いこどものように自分でもよくわかっていない何かを、一生懸命ブログなどに書いて、「わかってくれ」「愛してくれ」といっているようなものだったのかなあと思ったのでした。 だが、ブログの読者はママではない。 こどもなら、よくわからない話もくみとってもらえるかもしれないが、いい大人がそんなことを他人に期待してはいけないんだろうなとも思ったのです。

大人は、何が言いたいのか、自分で汲み取るしかない

で、冒頭の問題提起にもどるわけですが。 こどものわけのわからない話を、きちんと聞いてあげて、「それはこういうことかな?」と噛み砕いて整理してあげる、その親の役割を自分で自分に行う。一人二役。 いわば「お前がママになるんだよ」。 ということになるのかな。なんてな。 たとえ、言っていることがぐだぐだでも、ちゃんと見捨てずに聞いてあげる。自分の親ですら聞いてくれなかった話だとしても、ていねいに聞いてわかってあげようとする。 ブログをどうやって早く書くかということについて、さんざん考えて取り組んできたけれども、実はこの段階ではまだ、「早くしろ」と急かさない方がよかったのかもしれないですね。 自分の話を聞いて、それを他人にわかるようにまとめるには、ライターとして書くつもりでやってみるというのも手かな。一人二役、あるいは三役?
まとめ わかりやすいブログを書くために。何が言いたいのか、一生懸命自分の声を聞いて意図を汲み取ってあげる、やさしい親のように自分に接する。そしてそれをうまくまとめる段にはライターとして書く。