マンガ描きの悩みもブログで解決「何が言いたいのかそれが問題だ」

こんにちは。永理です。 わたしは自身のライフワークとしてマンガを描いています。

ブログとマンガの共通点は、何かを「伝える」ということ

で、ブログもマンガも「言いたいことを」「伝える」という点においては同じじゃないかなと思ったのです。 「伝える力」というと、文章であれば文章力、マンガなら画力であり、一見別の能力に思えます。 けれども、そもそも「伝えたいこと」が、両者の大元にあるわけです。 「何を伝えたいのか」、そこがはっきりしないと、たとえ文章がうまかろうが、絵が上手かろうが、よくわからない作品になることでしょう。

伝えたいことが何なのか自分でよくわかっていなかった

ブログを書いている時も、マンガを描いている時も、わたしが共通して悩むこと、それは「どうしたいのか、自分でもよくわからん」ということです。 これは最近悩み始めたことです。 ブログのコンサルを受けたりしているうちに、何がどう伝わっていないのか、また、そもそも伝えたいことはなんだったのかなどを考えるようになりました。そこで、やっと自分の根本的な問題に気がついたのです。 つまり「何が言いたいのか自分でよくわかっていない」という問題。 以前は、それが問題として存在しているという認識すらなかったので、ここをおざなりにしたまま記事、あるいは作品を量産しても、人に何かを「伝える」という力はあまり鍛えられないままでした。

問題を解消する訓練の場としてブログが利用できると思った

マンガを描いた場合も、いまひとつもりあがらない作品になってしまいがちだったのですが、これも結局同じ原因、つまり何が言いたいのか自分でよくわかっていないからだったんだと思いました。 画力など、そのあとの課題もありますが、まずこちらの、より根本的な問題をなんとかするのが先だと感じられました。 マンガは短編一本でも、描くのには相当な労力がかかります(一作一ヶ月程度)。一作ずつ試行錯誤するのにも時間がかかります。そこで、「はたして自分は何がいいたいのか?」ということをはっきりさせる訓練だけなら、ブログでもできると思ったのです。 同じ人間ですから、ブログでできるようになれば、その他の場面にも応用できることでしょう。自分にとってのブログをやる理由がまたひとつ盤石なものとなりました。

情報過多の現代において人は自分を見失いがちか

今までは、自分がどう思うか?どう感じるか?ということより、今こういうことが世間で流行っているようだとか、こちらのほうが評価されそうだとか、だれか権威ある人がそう言っていたとか、親の教えであるとか、そういった外側の情報ばかりを重んじてきた気がします。 結果的にそちらを採用すること自体はかまわないでしょう。が、自分を見失っては困ります。(ええ、困っています。) しかしこれは、わたし個人の問題というだけではないのかもしれません。自分がどうしたいかわからない、というのは夢や目標を問われた時に多くの人が思うことであるようです。 そして、答えを探していろんな本を読んだり情報を求めます。たしかに、人の意見や観点を取り入れることは大事です。けれども、取り入れる先に、自分という器がなくては得たものも生かせないのです。

自分を追求できる幸せを享受する

なんだかんだいって、こんなにも「自分自身」を追求できる余裕があるということは一つの幸せに違いありません。せっかく、この「自分」という存在として生を受けたのですから、もっとこの生を満喫したい。 自分は、どう思うのか、どう感じるのか、何が好きなのか、何がいいたいのか、よくよく理解していきたい。そしてそれを人にも伝えていきたい。 こうして、自分の考えを自由にかんたんに発信できる環境にあるということも大変な幸運というべきかもしれないのですから。

これからの抱負

わたしは長らく、そのときに頭に浮かんだ言葉から連想してうまれた文章を、ただつなぎ合わせるだけでブログを書いていました。それで、結局何がいいたいのか、全体としてはっきりしない感じになるのが常でした。 マンガが下手なのも、ブログと同じ問題が根本にあったのかと気がついたことが、今日の衝撃でした。気づいたからには、今このときより、改善していきたいです。
まとめ 何が言いたいのかはっきり意識して、伝わるようにブログを書こう! マンガを描くときにも、それは必要な能力だ!