何が言いたいのか言ってみないとわからないわたしの場合

こんばんは! 永理だよ!

最近は、とても忙しくてブログをなかなか書けなかったけれど、忙しくても多少無理をしてでも、やっぱりブログは書いた方がいいな!と思ったので、がんばることにした。

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言葉という形を与えることで思考が生まれている

ところで、わたしはよく、同じことを二回言ってしまうのだけど。

それは、べつに「大事なことなので二回言いました」というわけではなく。

話しているときに、ふっと口にした内容が「そうだ。わたしはまさにそう思っていたんだ」と、はじめて認識され、その認識をあらためてみずから確認するためについ繰り返してしまうの。

言葉にするまで、自分の考えを自分でも明確に認識できていなかったことに、軽く驚き。否。むしろ、言葉という形が与えられることで、はじめて思考が生まれたようで。

これって、脳内も不確定性原理的なものに支配されていて、混沌とした思考は、言葉という形で観測されることにより、はじめて確定するというようなことではないのかなあ、と思ったりして。

自分としては「これ大発見?!」と興奮したけど、伝わるかな。難しいか。

ブログで思考を形にする訓練をしよう

ともあれ、人間が社会の中で生きていくためには、「自分の考えを言葉という形にして人に伝える」ということは、必須の能力といってよい。

この能力を鍛えるには、ブログはなかなかに有効な手段なんじゃないかと思っている。ブログは自分の「伝えたいこと」を伝える場でありつつ、同時に伝えたいことを適切に表現する力をのばすための、訓練の場でもあるから。

また、これはわたしだけかもしれないが、「伝えたいこと」すなわちコンテンツ自体、「書く」という行為の結果として、その瞬間に生みだされている実感がある。

伝えたいことがあるから書きはじめたはずなのに、じつは書いたあとに伝えたいことが生まれているという、逆転現象。この不思議な感覚。

よく「伝えたいことをはっきりさせてから書きましょう」みたいに言うけれど、何が伝えたいのかは、わたしの場合、実際に書く前にはわからないのだった。

仕方ないから、書き終わってから「これって、つまり何が言いたいかったんだろう」と逆から考え直して、なんとか体裁を整えている。そうした試行錯誤の場としてもブログは機能する。

書くことで脳内を整理する必要性

わたしは基本的に、脳内カオスな感じなので。じつは定期的に部屋の掃除が必要なことと同じくらい、脳内の整理も必要だった。

だから「忙しいときには、ブログを書かなくてもいいやー」と後回しにしすぎると、ちょっと調子が悪いかも。

しかし、久しぶりにブログを書こうとすると、「何を書こうかな」「どんな風に書けばいいかな」と迷って、時間がかかる。もっと、スムーズに言葉がでてくるようになりたい。

というより、脳内の掃除をしているから時間がかかるのかもしれないな。

いずれにせよ、またブログ更新がんばろー、と思ったっていう話。

まとめ

わたしにとって、思考は言葉という形を与えられることではじめて確定する。

考えを言葉にすることは、思考を整理することであり、脳内をすっきりさせる効果がある。

ブログは、思考を整理し、人に伝える言語能力を鍛える訓練の場としても適しているんじゃないかな!

以上!

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