うっかりむかつく気持ちに心を乱されたとき

だれにでも、一人や二人は思い出すとむかつく人物がいるでしょうか。

あるいは、人間ができているあなたにはそんな人はいないでしょうか。

突然、むかしの悔しかったできごとが脳裏に浮かび、動転してしまうことがあります。

過ぎたことを思い返したところで何にもならないというのは、頭ではわかっているつもりなんですが。

理屈だけでは対処しきれない、ときにわきあがる黒い感情にどう対処するか。興味深い記事を読んだのでご紹介したいと思います。

スポンサーリンク
BASE

怒りは内側からあなたを浸食する。

これは、最近英会話の授業で紹介されたサイトで、大変感銘を受けた記事の一部分です。

2. Anger/Resentment
Anger will eat at you from the inside. Learn how to make peace with those who have wronged you. This isn’t about letting the other person off the hook; it’s about alleviating the pain that resonates within you. Keep in mind that he who angers you, controls you.

“Life becomes easier when you learn to accept an apology you never got.”

(The 20 Things You Need To Let Go To Be Happy)

以下。拙訳です。

怒りは内側からあなたを浸食する。あなたを不当に扱う人とも、平和裏にことを運べるすべを学ぼう。これは、相手の悪事を野放しにすることではなく、あなたの心の中で反響している痛みを減らすことなのだ。あなたを怒らせている奴は、あなたをコントロールしているのだということをゆめゆめ忘れるな。

もし、あなたが謝罪を受け入れることを学べば、人生はもっと平安になるだろう。たとえ、その謝罪が受けとった事のないものだとしても。

相手の謝罪を受け入れよう。

実際には一切謝罪を受けていなかったとしても、(謝罪されたと仮定して?)相手を許そうという。

この発想は、新鮮でした。

実際の場面においては、おそらく相手には謝るつもりなどさらさらなく、それどころか、悪かったとすら一ミリも思っていないというようなことのほうが、むしろありうる現実な気がしますが。

だとしても、そうだと決めつけて、よりいっそう怒りの炎をたぎらせても、自分の心が痛くなるだけでした。

「相手も反省して謝罪しているんだ、許してあげよう」と。

かりにそれが脳内で勝手にねつ造した解釈だったとしても、それくらいは心の平安を保つための方便として許容範囲でしょうか。

怒らせられることでイニシアチブをとられ、感情をコントロールされることなどまっぴらです。

ただ「許しましょう」というアイディアはよく聞くけれど、「謝罪を受け入れよう(謝罪してなくても)」というのが新しいなと思って気に入りました!

eyecatch photo credit: maf04 via photopin cc
スポンサーリンク
BASE