たいした理由もなく「ああ、もうだめだー」とか言いたくなったときの処方箋

夜、電車の窓にうつる自分の姿を見て絶望し、

「ああ、もうだめだ、死にたい」と思わず心の中でつぶやいてしまって、

あわてて「いやいや今の嘘!」と言い直したりしていた今日。

鬱っぽい人ってこれだから困るね。

しかし、そんな死の淵から蘇った(?)ときに、はじめて気づいたことがありまして。

Do you know what you want?

さて、なんで自分の顔を見て死にたくなったのかと振り返って見ると

その前に、エレベーターの前で若い女の子たちを見て、ふと「この子たちいくつぐらいかなあ。20歳ぐらい? お肌もぴかぴかできれいー」と思っていたという前振りがありまして。

つまり

自分はもはやその子たちみたいではない → 美しくない → もうだめだ → 死にたい

という思考回路が0.1秒くらいで働いたと思われます。

「死にたい」は本気で思ってはないのだけど、ようするに自分へのダメだし&絶望感にうちひしがれてはいたのです。

しかし、ちょっと待てよ? と。

これは単に

「あの子たちみたいに、若々しくぴかぴかのお肌だったらいいのにな。」

という望みの裏返しだったと気づいたわけです。

「でも、それは無理だ」と瞬時に打ち消して、ほんとうの望みは認識すらされる前に「死にたい」という結論にいたっていたという。

こわい!!

かなわぬ望みは持ってはいけないのか!?

たしかにね。一度通り過ぎた年にはもう戻らない。
戻りたいと願ったところで、年はとる一方です。

だとしても、

「願ってもかなわないことを考えた」→「むりむり」→「だめだ」

と思って、「どんよりする」「必要はない」はず。

よく「分不相応な願いは持つな」みたいに言う人がいますが。もし、本気でそう思ってあきらめて、その分別の道に邁進できるというのならいいと思うんですけれど。

一方で、願いを捨て切れもせず、いつまでも、どよーんと「若い子はいいわよね」みたいにやさぐれた気持ちを持っている人もいると思う。

でも、これでは、お肌のみならず、心まで汚くなってしまうというものじゃないですか。

そんなことになるぐらいだったら。

たとえかなわない願いだったとしても。

すなおに「かわいくなりたい」と、思ってもいいんじゃないか。

思うくらいはいいんじゃないか。

本当の願いを無視しない

「あの素敵な服が着こなせるくらい背が高くなりたい」

「頭がよくなりたい」

「人から尊敬される仕事がしたい」

などなど。素直に願うことを忘れて、思いついた先から「どうせ無理」などと勝手に決めつけてやさぐれてはいませんか?

それは本当に無理かもしれないし、成し遂げようと思ったらとても難しいかもしれない。

でも、単に無理と決めつけてやさぐれる、そのまえに、まずは「こうだったらいいなあ。」

と、一瞬思って見るくらいは

自分に許可してあげてもいいと思うんだ。

なんでそんなに自分に意地悪なんだろうか。わたしよ。

そんなに「お前には絶対むり、むりむりむりむり、無理ったら無理!! だめだめええええ」と、死にたくなるほどダメだししなくてもいいんじゃないだろうか。

「いいなあ」とうっとり思って、ただそれだけで終わっても別にかまわないんじゃないか。

たとえ実現しないとしても、それがなんだというのか。

だめだだめだといっていても、どのみち実現しないことには変わり無いというのに。

絶望感を駆逐するマッチ売りの少女戦略

すくなくとも、いいなあって思ってる気持ちのまま、それを持っているだけなら、別に死にたくならないですむと思うの。

それに、引き寄せの法則っていうのもあるらしいし。

「いいなあ」って思ってたら、もしかしてすこしはそっちに近づくかもしれないのじゃない?

少なくとも「だめだだめだー」と思っても、いいことはひとつもない。

だったら、ダメだ死にたいとか思っているよりは。

どうせいつかは死ぬんだとしても、マッチをすって楽しい夢を見ればいいじゃないの、マッチ売りの少女のように。

端から見たら虚しいし、哀れかもしれないけれども。

寒くて凍えているのに、だれにも顧みられないという現実の中で死ぬよりは、やさしいおばあさんにかわいがられている夢を見て幸せに死にたいわ。

具体的な方法論

というわけで、「ああもうだめだー」とかいう絶望感がやってきたら。

「かわりに、どうだったらいいなと思ってるの?」と、自分の本音の望みを聞いてみようと思います。

そして、仮にその望みが実現可能でないように見えたとしても、「ああ、それが望みなんだ。それはいいね。本当にそうだったらいいよね」というところで、思考をおわりにしようと思います。

それだけなら、少なくともデスパレートな気分には陥らずにすむでしょ。

まあ、もし元気があるときには、そのなりたい方向へ一ミリでもすすめるように、なにか手を打てば良いんだと思う。

でも、元気がないときには、せめてよけいなエネルギーを使わないようにするだけでも十分価値があると思うんだよ。落ち込むとエネルギーが無駄になるから。

「だめだ」を駆逐して「いいな」志向にいったほうが、たぶんだいぶまし。

どうでしょうか。うん。

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