《ブレークスルー》自己否定の背景心理を発見した

ふと気づいた。

なんでこんなに「自分なんてだめだ」って思うのかというと、それは強烈な「人によく思われたい」という願望の裏返しなんだ!ということに。

内省

というのは、ここ数日の自分のブログを振り返って「こうしよう」「ああしよう」「これはよかった」「よくなかった」と、こまごま書いてあって、なんかほんま自分のことばっかりやな!!と

またしても、自分を責める気持ちがわいてきて。

「こいつ自分のことばっかりで、うざいな」と人に思われるんじゃないか、嫌われるんじゃないかということを、とても恐れているな、と気づいた。

誰もなにもしていないのに、勝手に自分を責めたり、勝手に嫌われるのではと被害妄想をたくましくしたり、何をやってるんだろうね、わたし。

う、うざい。。

いやいやいや。

もうちょっと自分にやさしくしよう。

とりあえず、自分をうざいとかいうのをやめようよ。

うん。

変な思い癖を発見

えっと。でもまあ。

ものすごく「人によく思われたい」「人に好かれたい」と思ってるからこそ、「でもどうせ無理だよね」「自分なんてだめだ」みたいに勝手にいじけて自己完結していく変な思考回路を発見したから、これはやめよう。

おそうじ、おそうじ。

大丈夫。だれも見てないから

たぶん、よく言われるように、人はわたしのことなんてそんなに何とも思ってないんだよね。

よし仮令かりそめに、何か強烈な思いを持っている人がいたとして、それは多分、大部分がわたし自身にはあんまり関係のないことで。

その人が自分に課している「これはダメ」「あれはダメ」というマイルールに、たまたまわたしが合致してしまったというだけなんだろう。

わたし自身が、自分のことばっかり考えて、周りを気にして、ああでもないこうでもない、と思っていたのと同じことを、まわりの人もやっていただけなんだろう。

人を愛するということ

自分がどういうルールで生きるかは自分で決めていいはず。

それが、たまたま、ある人の価値観に合致しなかったとしても、それはわたしの咎ではない。そう、それがたとえ自分の親であっても。

結局「人からよく思われたい」は、やっぱり「親から愛されたい」の派生だったと思う。

しかし、親自身も「こうでなくてはいけない」みたいな、たくさんの思いこみにがんじがらめになっていたのかもしれない。そして同じくびきを子どもにもつけただけなのかもしれない。

「立派な母親と見られたい」というような見栄もあったのだろうか。自分自身が満たされていなくて、「しなくてはいけない」ことで精一杯で、どうしたらいいのかわからなかったのかもしれない。

わたしはそれを、「愛がない」と断じていたけれども。

はたしてそうなのか。愛ってなんだ。

絶対こうでなくてはならない、みたいな定義もできないし、誰にも存在を証明できない。

親に愛されなかったと、ずっとすねていじけて生きてきたけれど、その基盤がいま少し揺らいでいる。

心の処方箋

この発見は自分のなかでは、かなりブレークスルーだったのだけれど、文章でまとめると「人に悪く思われるのを気にしないようにしよう」みたいな、よくある何のインパクトもない教訓みたいに見える気もする。

ちがうんだよ。

そうじゃなくて。

「ダメだ」という思いは「(よく思われたいのに)ダメだ」ということだったんだよね。すべての場合や他の人にもあてはまるのかはわからないけれど。

「ダメだ」と思ったときには、「よく思われたかったのかな?」と、本当の自分の思いに気づいてあげたい。

そして、「こんな自分ではよく思われるわけがない」と決めつけていることにたいして、ほんとうにそうなの? と冷静に考えて。

変な思い込みとか、ぐちゃぐちゃしてるところを整理していく。そうすれば、もうちょっとすっきりした心理状態になれる気がした。